神社探訪〜幻の天狗を探して〜

やはり化石が必要か

「天狗(てんぐ)の絵本(えほん)が出(で)るんだけどさ、天狗(てんぐ)について取材(しゅざい)して来(き)てくれない?」

唐突(とうとつ)な編集(へんしゅう)Aからの電話(でんわ)は、内容(ないよう)も唐突(とうとつ)だった。
まぁ電話(でんわ)というものはいつでも唐突(とうとつ)なものなんだけど。

それにしても「天狗(てんぐ)」って。

普通(ふつう)に生(い)きていたら、天狗(てんぐ)についてなんて調(しら)べるどころか考(かんが)える事(こと)もないだろう。
しかし編集(へんしゅう)直々(じきじき)の電話(でんわ)となれば、答(こた)えは「はい」か「YES」しかない。
もしも断(ことわ)ったとなれば、釘(くぎ)のついたバットで百(ひゃく)叩(たた)きに合(あ)うかも知(し)れない。
束(たば)ねた有刺鉄線(ゆうしてっせん)で全身(ぜんしん)をゴシゴシ洗(あら)われるかも知(し)れない。
私(わたし)は心(こころ)から天狗(てんぐ)の取材(しゅざい)をしたい、と感(かん)じて貰(もら)えるように最大限(さいだいげん)の喜(よろこ)びの中(なか)でオッケーした雰囲気(ふんいき)を全身(ぜんしん)で表(あらわ)した。電話(でんわ)だけど。

それにしても「天狗(てんぐ)」か。
その昔(むかし)に「そこにいた」という話(はなし)を元(もと)に取材(しゅざい)することにはなるのだろうが、果(は)たして本当(ほんとう)に天狗(てんぐ)などいたのだろうか?
しかしよく考(かんが)えてみれば、恐竜(きょうりゅう)も見(み)た事(こと)がある人(ひと)はいないにも関(かか)わらずいた事(こと)になっているし、何(なん)なら神様(かみさま)や仏(ほとけ)様(さま)も実際(じっさい)にこの世界(せかい)にいる体(てい)でみんな信(しん)じたり拝(おが)んだりしている。
あきらめなければ、いつか必(かなら)ず出会(であ)える。
そう信(しん)じて行(い)くしかない。
もしかしたら恐竜(きょうりゅう)と同様(どうよう)に天狗(てんぐ)や神様(かみさま)の化石(かせき)なんかも見(み)つけれられるかも知(し)れない。
ただ、そこに行(い)き着(つ)くには、きっと自身(じしん)の経験(けいけん)や勘(かん)だけがモノを言(い)うのだろう。
そう考(かんが)えて、私(わたし)はあえて一切(いっさい)の下調(したしら)べもないまま取材(しゅざい)に向(む)かった。
決(けっ)して下調(したしら)べが面倒(めんどう)くさかったワケではない。
さあ天狗(てんぐ)待(ま)ってろ!

*編集(へんしゅう)Aは優(やさ)しい人(ひと)です。

天狗と私

よく考(かんが)えてみたら、私(わたし)は天狗(てんぐ)について考(かんが)えてみた事(こと)がある。
前段(ぜんだん)で「普通(ふつう)の人(ひと)は考(かんが)えた事(こと)はない」などと書(か)いてしまったが、残念(ざんねん)ながら考察(こうさつ)をしていた事実(じじつ)があった。
非常(ひじょう)に残念(ざんねん)だ。
だがせっかくなので、その時(とき)の考察(こうさつ)を自身(じしん)の「note」から抜粋(ばっすい)してみたい。


天狗(てんぐ)。

それは日本(にっぽん)において最古(さいこ)の部類(ぶるい)に入(はい)るほどの伝説(でんせつ)の生(い)き物(もの)である。

しかし、我々(われわれ)は天狗(てんぐ)について驚(おどろ)くほど知(し)らない。

そこで、天狗(てんぐ)について考(かんが)えてみた。

まず天狗(てんぐ)について気(き)になるのは「普段(ふだん)は何(なに)を食(た)べているのか」という事(こと)だ。

人里(ひとざと)離(はな)れた山奥(やまおく)で暮(く)らしているのだろうから、恐(おそ)らく海(うみ)の幸(さち)などを入手(にゅうしゅ)する事(こと)は難(むずか)しいであろう。

恐(おそ)らく魚類(ぎょるい)だったらイワナやウグイ、動物(どうぶつ)だったらウサギやイノシシ、シカなどであろう。

しかし動物性(どうぶつせい)たんぱくばかり摂取(せっしゅ)していると身体(からだ)に不調(ふちょう)を来(きた)すので、恐(おそ)らく野菜(やさい)類(るい)も食(た)べているはずだ。

野菜(やさい)類(るい)に関(かん)しては山(やま)なので当然(とうぜん)の様(よう)に山菜(さんさい)は豊富(ほうふ)。

その季節(きせつ)にその山(やま)で採(と)れた旬(しゅん)の山(やま)の幸(さち)をふんだんに楽(たの)しんでいる事(こと)と思(おも)う。

マクロビオティックの観念(かんねん)に基(もと)づくと、天狗(てんぐ)は大変(たいへん)ロハスであると言(い)えよう。

次(つぎ)に気(き)になるのは「コミュニティ」に関(かん)してだ。

天狗(てんぐ)は天狗(てんぐ)だけではなく「小天狗(こてんぐ)」などというものもいる。

という事(こと)は、恐(おそ)らくだがメス天狗(てんぐ)などという生物(せいぶつ)も存在(そんざい)して、子孫(しそん)を繁栄(はんえい)させている事(こと)であろう。

しかもその歴史(れきし)を鑑(かんが)みるとするならば、恐(おそ)らくは天狗(てんぐ)族(ぞく)のコミュニティは巨大(きょだい)であると容易(ようい)に推測(すいそく)出来(でき)る。

それだけの人々(ひとびと)もとい天狗(てんぐ)天狗(てんぐ)がいるという事(こと)は、子育(こそだ)てで悩(なや)む天狗(てんぐ)や仕事(しごと)や学業(がくぎょう)でつまずく天狗(てんぐ)、人徳(じんとく)ならぬ天狗(てんぐ)徳(とく)がある天狗(てんぐ)やそれをねたましく思(おも)っている天狗(てんぐ)などもいるはずだ。
 
さらに気(き)になるのは、やはりあの服(ふく)である。

「どこで買(か)ったんだろう?」という疑問(ぎもん)は、皆(みな)さんも一(いち)度(ど)は考(かんが)えた事(こと)がおありだと思(おも)う。

一般的(いっぱんてき)に考(かんが)えると、あれは恐(おそ)らく繊維(せんい)で出来(でき)ている。

という事(こと)は、綿花(めんか)などの加工(かこう)の技術(ぎじゅつ)や機織(はたお)りの技術(ぎじゅつ)などを有(ゆう)していると言(い)える。

その加工(かこう)や技術(ぎじゅつ)から導(みちび)き出(だ)されるのは、労働(ろうどう)とその対価(たいか)のあり方(かた)であろう。

その対価(たいか)があるという事(こと)は社会(しゃかい)は分業(ぶんぎょう)制(せい)で、他(ほか)にも様々(さまざま)な職種(しょくしゅ)がある事(こと)になる。

労働者(ろうどうしゃ)とそれを統(す)べる管理職(かんりしょく)、その管理(かんり)職(しょく)の人間(にんげん)の対外(たいがい)業務(ぎょうむ)。

接待(せったい)で高級(こうきゅう)な飲(の)み屋(や)さんに行(い)く事(こと)もあるだろう。

領収書(りょうしゅうしょ)を切(き)ってみたものの経理(けいり)の天狗(てんぐ)に「これは落(お)ちないですね〜」などと言(い)われる事(こと)もあるだろう。

対(たい)天狗(てんぐ)関係(かんけい)に悩(なや)む事(こと)もあるだろう。

やけ酒(ざけ)に溺(おぼ)れて天狗(てんぐ)生(せい)を棒(ぼう)に振(ふ)ってしまう天狗(てんぐ)もいるだろう。

更生施設(こうせいしせつ)で第(だい)二(に)の天狗(てんぐ)生(せい)をやり直(なお)す事(こと)もあるだろう。

怒(おこ)ったり、悲(かな)しんだり、笑(わら)ったり、泣(な)いたり。

恋(こい)もするし、裏切(うらぎ)ったり裏切(うらぎ)られたりもするし。

許(ゆる)したり、微笑(ほほえ)んだり、愛(め)でたり。

結論(けつろん)。

天狗(てんぐ)、恐(おそれ)るるに足(た)らず。


随分(ずいぶん)前(まえ)に書(か)いた文章(ぶんしょう)だが、今(いま)読(よ)んでも実(じつ)に「何(なに)を言(い)っているんだこいつは」と言(い)わざるを得(え)ない文章(ぶんしょう)だ。
私(わたし)のnoteにはそんな駄文(だぶん)が山(やま)ほど綴(つづ)られているので「時間(じかん)を無駄(むだ)に過(す)ごしたい!」と言(い)う方(ほう)がいたらぜひ読(よ)んでみて頂(いただ)きたい。
きっと何(なに)も見(み)つからないはずだ。

さてさて、天狗(てんぐ)についての考察(こうさつ)をここでしていても始(はじ)まらない。
教室(きょうしつ)を飛(と)び出(だ)すスタイルで元気(げんき)良(よ)く歩(ある)き回(まわ)るのが取材(しゅざい)の第一歩(だいいっぽ)だ。
幸(さいわ)いにも筆者(ひっしゃ)は元気(げんき)が有(あ)り余(あま)っているタイプだ。
さぁ、果(は)たして天狗(てんぐ)には出会(であ)えるのか!?
取材(しゅざい)スタート!

かけつけ400ml

まずは今回(こんかい)の絵本(えほん)の舞台(ぶたい)となった八幡神社(はちまんじんじゃ)へ行(い)く事(こと)にする。
沼津市役所(ぬまづしやくしょ)の駐車場(ちゅうしゃじょう)に車(くるま)を停(と)めて歩道橋(ほどうきょう)を渡(わた)ると、市役所(しやくしょ)の前(まえ)に停(と)めてある一(いち)台(だい)の車(くるま)が目(め)に入(はい)った。


【心(こころ)安(やす)らぐ赤十字(せきじゅうじ)】

 

おっ。今日(きょう)は献血(けんけつ)の日(ひ)か。
バスに近(ちか)づいて看板(かんばん)を見(み)てみるとそこには…!

【義ぎを見みてせざるは勇ゆうなきなり】

 

こんな自分(じぶん)でも世(よ)の中(なか)に出来(でき)る事(こと)がある。
むしろ多(おお)くの人(ひと)に迷惑(めいわく)をかけて来(き)た、いわば罪滅(つみほろ)ぼし。
そう思(おも)って早速(さっそく)献血(けんけつ)の申(もう)し出(で)をする。
受付(うけつけ)を済(す)ませバスの中(なか)に入(はい)ると、隣(となり)に座(すわ)っている人(ひと)が話(はな)しかけて来(く)る。
むむっ!?もしや、早(はや)くも天狗(てんぐ)か!?

【最近(さいきん)の天狗(てんぐ)はキュートだな…】

 

誰(だれ)かと思(おも)えば、沼津市(ぬまづし)の小学校(しょうがっこう)なんかでリトミック遊(あそ)びをやったりしているナイスピアニスト「ナッツ」の峯松(みねまつ)ゆきちゃんだった。

今回(こんかい)が初(はじ)めての献血(けんけつ)とのこと、緊張(きんちょう)で全身(ぜんしん)が硬直(こうちょく)していた様子(ようす)だった(ウソだけど)
ゆきちゃんと久々(ひさびさ)の再会(さいかい)を喜(よろこ)びつつお互(たが)い血(ち)を抜(ぬ)いた後(のち)のリラックスで30分(さんじゅっぷん)ぐらい立(た)ち話(ばなし)。

おい天狗(てんぐ)はどうした天狗(てんぐ)は。

ちなみに献血(けんけつ)はいつでもウェルカムな様子(ようす)なので健康(けんこう)な成人(せいじん)の皆様(みなさま)はぜひご協力(きょうりょく)を。
子どもたちは大人(おとな)になってからのお楽(たの)しみ!
今回(こんかい)はペットボトルの水(みず)と砂糖(さとう)1kgを頂(いただ)いた。
これでまた血液(けつえき)増(ふ)やして献血(けんけつ)するぞ!

乙女のピンチ

さてゆきちゃんの「この後(あと)用事(ようじ)があるから」のひと言(こと)で冷(つめ)たく切(き)り捨(す)てられた筆者(ひっしゃ)は改(あらた)めて天狗(てんぐ)の取材(しゅざい)へ。
改(あらた)めて向(む)かうは八幡神社(はちまんじんじゃ)。
沼津市役所(ぬまづしやくしょ)からすぐですからね。
トコトコ歩(ある)くとあっという間(ま)に到着(とうちゃく)。

【見(み)よこの荘厳(そうごん)ないでたち】

 

まずは正面(しょうめん)からの写真(しゃしん)を撮(と)って、近(ちか)くの横断歩道(おうだんほどう)を渡(わた)って神社(じんじゃ)の境内(けいだい)を目指(めざ)す。
車(くるま)に轢(ひ)かれたくないからね。

【なかなかに万能(ばんのう)】

【隠(かく)しきれない歴史(れきし)の重(おも)み】


【わーなんか天狗(てんぐ)いそう】

 

まずは境内(けいだい)の中(なか)を散策(さんさく)。
だけどいつ天狗(てんぐ)に襲(おそ)いかかられてもいいように念(ねん)のためにつま先立(さきだ)ちで歩(ある)く。
すると入(はい)って早々(そうそう)、左側(ひだりがわ)に気配(けはい)が!

【誰(だれ)だ…お前(まえ)はいったい誰(だれ)なんだ…!?】

【乙女(おとめ)の神(かみ)…女神(めがみ)とかじゃなくて?】

 

「乙女(おとめ)の神(かみ)」と書(か)いて(というか彫(ほ)って)あったので恐(おそ)らくはそういうのなんだろう。
沼津(ぬまづ)中(じゅう)の乙女(おとめ)を自覚(じかく)する方(ほう)はぜひ行(い)ってみてほしい。
どんなご利益(りやく)があるかは書(か)いていなかったので、それもぜひ自身(じしん)で体感(たいかん)していただきたい。
そして体感(たいかん)した方(ほう)は編集部(へんしゅうぶ)にご一報(いっぽう)頂(いただ)けたら幸(さいわ)いだ。
これもよくよく調(しら)べたら昔話(むかしばなし)があったりするのかも。
何(なん)だか楽(たの)しくなって来(き)た!

1/3の純情な神社

さていよいよ境内(けいだい)の中(なか)へ。
神社(じんじゃ)としての普通(ふつう)の機能(きのう)は一通(ひととお)りそろっている。

【SIAM SHADEじゃないよ社務所(しゃむしょ)だよ】

【こんな所(ところ)にもコロナ禍(か)の影響(えいきょう)が】

【地域(ちいき)の防災(ぼうさい)の要所(ようしょ)でもあるんだね】

 

地域(ちいき)における「鎮守(ちんじゅ)の森(もり)」としての神社(じんじゃ)について考(かんが)えさせられる。
昔(むかし)から名実(めいじつ)ともに近隣(きんりん)の人々(ひとびと)の拠(よ)り所(どころ)だったのだろう。
時代(じだい)は変(か)われど、こういった代々(だいだい)続(つづ)く場所(ばしょ)は大切(たいせつ)にしていきたい。

【ん…?】

【なんかいる!】

【ありがたこわい】

 

灯籠(とうろう)に天狗(てんぐ)が張(は)り付(つ)いているかと思(おも)いきや、福(ふく)の神(かみ)風(ふう)な方(かた)が一人(ひとり)。いや一神(いっしん)。
この神様(かみさま)も夜(よ)な夜(よ)なここを抜(ぬ)け出(だ)してトコトコ歩(ある)き回(まわ)っていたりするのだろうか。トイストーリーよろしく。
もしも歩(ある)いている福(ふく)の神(かみ)と暗(くら)がりでバッタリ出会(であ)ったら、ありがたいけどメチャ怖(こわ)い。
これじゃ天狗(てんぐ)に「相撲(すもう)しよう」と言(い)われた昔(むかし)の村人(むらびと)の怖(こわ)さがわかる気(き)がする。
これが俗(ぞく)にいう「畏(おそ)れ」ってやつか。勉強(べんきょう)になるなぁ。

衣干したり 雨の狩野川

八幡神社(はちまんじんじゃ)の西側(にしがわ)にはちょっとしたスペースがあり、そこから狩野川(かのがわ)沿(ぞ)いに抜(ぬ)けることが出来(でき)る。

【見(み)よ鋼鉄(こうてつ)の掟(おきて)】

【この茂(しげ)みにも天狗(てんぐ)がいそう】

 

香貫(かぬき)公園(こうえん)を抜(ぬ)けて行(い)くとそこには!

【このはしわたるべし】

 

中央公園(ちゅうおうこうえん)に抜(ぬ)ける橋(はし)「あゆみ橋(はし)」の登場(とうじょう)!
写真(しゃしん)は曇(くも)り空(ぞら)でちょっと残念(ざんねん)だけど、天気(てんき)のいい日(ひ)は良(よ)い眺(なが)めだろうな。

橋(はし)のたもとにも少(すこ)し休(やす)めるスペースがあり、我(われ)ら市民(しみん)を平等(びょうどう)に癒(いや)してくれる。

【あれなんかあるぞ】

【天狗(てんぐ)の衣(ころも)か!?】

 

どうやら何者(なにもの)かが脱(ぬ)ぎ捨(す)てていった衣類(いるい)のようだ。
もしやこれが天狗(てんぐ)のものかも知(し)れないとも思(おも)ったが、どこかの知(し)らない人(ひと)が汗(あせ)まみれになったまま置(お)いていったかも知(し)れないという可能性(かのうせい)を考(かんが)えて手(て)にする事(こと)を諦(あきら)めた。
こういうのって交番(こうばん)とかに持(も)って行(い)くべきなんですかね?

という事(こと)でここまで天狗(てんぐ)とのエンカウントはなし。
金木犀(きんもくせい)の香(かお)りが漂(ただよ)う昼下(ひるさ)がりの神社(じんじゃ)を散策(さんさく)しただけのおじさんとなってしまった。
このままで終(お)わるわけにはいかない。
そう考(かんが)え、捜索(そうさく)対象(たいしょう)を神社(じんじゃ)周辺(しゅうへん)まで広(ひろ)げる事(こと)とした。
天狗(てんぐ)いないかなー。

市場の跡地を訪ねたら

いよいよ神社(じんじゃ)を後(あと)にして周辺(しゅうへん)を捜索(そうさく)。

【昔(むかし)は市場(いちば)があったんだね】

 

まずは最寄(もよ)りの横断歩道(おうだんほどう)を渡(わた)るとそこには!

【まさに銘(めい)店(てん)!】

 

沼津市(ぬまづし)でも有名(ゆうめい)なうなぎの「冨久(ふく)家(や)」さんを発見(はっけん)!
筆者(ひっしゃ)も頂(いただ)いた事(こと)がありますが、本当(ほんとう)に美味(おい)しい!
このままフラフラっと入(はい)ってしまいそうになりましたがいかんいかん。
今日(きょう)は取材(しゅざい)だ。
心(こころ)を鬼(おに)にして後(あと)にする。
絶対(ぜったい)に近々(ちかぢか)行(い)ってやる!

それにしてもこの辺(あた)りを歩(ある)くのは久(ひさ)しぶりだけど、興味深(きょうみぶか)いものいっぱいあるなぁ。

【雰囲気(ふんいき)のある通(とお)り】

【こんな所(ところ)にギャラリーが!】

ちょっと調(しら)べたら最近(さいきん)リノベーションされたアートスペース「EN」だった。
色々(いろいろ)な展示(てんじ)やイベントをやっているようでとても興味深(きょうみぶか)かったがこの日(ひ)は定休(ていきゅう)日(び)。
ここに天狗(てんぐ)のヒントが…ないか…

【うわーこれもかっこいい】

 

こちらも調(しら)べたらジュエリーブランド「CESTA DI KARATI」でした。
なんだ市場町(いちばちょう)!すごいぞ市場町(いちばちょう)!

色々(いろいろ)と感動(かんどう)して天狗(てんぐ)の事(こと)を忘(わす)れそうになりながら歩(ある)いていると目(め)の前(まえ)に現(あらわ)れたのはこちら。


【沼津市民(ぬまづしみん)ならお馴染(なじ)みMary Loo】

 

ここは昔(むかし)からお世話(せわ)になっている老舗(しにせ)の喫茶店(きっさてん)。
最近(さいきん)はご無沙汰(ぶさた)だったのでひさしぶりにお店(みせ)を覗(のぞ)いてみようと思(おも)うとそこには!

【本日(ほんじつ)のランチ】

 

先(さき)ほど冨(ふ)久家(くや)さんを我慢(がまん)した筆者(ひっしゃ)なのにあっさりと吸(す)い寄(よ)せられてしまう。
だってだって…ステーキ丼(どん)って…お昼(ひる)どきだったし…

テンーグーを探せ

はいご馳走様(ちそうさま)でした。
大変(たいへん)美味(おい)しゅうございました。
グルメレポじゃないので内容(ないよう)は細(こま)かく書(か)かないけど、まだ行(い)ったことの無(な)い方(ほう)がいましたら是非(ぜひ)。
味(あじ)は間違(まちが)いなし、お値段(ねだん)は優(やさ)しい、雰囲気(ふんいき)はいい、文句(もんく)なし!

それにしても、こんな素晴(すば)らしいものがこんな狭(せま)いエリアにあるなんて。
自分(じぶん)が知(し)らないだけで、自分(じぶん)の住(す)んでいるエリアや地元(じもと)なんかにもまだまだ知(し)らないものがいっぱいあるのかも。
やっぱり自分(じぶん)の周(まわ)りを知(し)るって大事(だいじ)。

と文章(ぶんしょう)をまとめに入(はい)ってしまいそうになったが忘(わす)れていた天狗(てんぐ)。
このままでは編集(へんしゅう)AにT字(じ)カミソリで歯磨(はみが)きさせられてしまう!

お腹(なか)もいっぱいになった所(ところ)でGo!
と意気込(いきご)んで出(で)かけたものの、この後(ご)あちらこちら合計(ごうけい)1時間(いちじかん)ほど歩(ある)き回(まわ)ったが、結局(けっきょく)天狗(てんぐ)に遭遇(そうぐう)どころか天狗(てんぐ)にまつわるものも見(み)つからず。

【日本政策金融公庫(にほんせいさくきんゆうこうこ)のショーウィンドウ】

【残念(ざんねん)…天狗(てんぐ)じゃなかったか…】

 

結局(けっきょく)最終(さいしゅう)ゴールの八幡神社(はちまんじんじゃ)の手前(てまえ)で見(み)つかったのはこの家族(かぞく)だけでした。

【世界(せかい)で一番(いちばん)探(さが)されてるアイツ】

終わりに

どうだっただろうか?
結局(けっきょく)天狗(てんぐ)には会(あ)えなかったが、たくさんの素敵(すてき)なものや場所(ばしょ)と出会(であ)えた。

今回(こんかい)のまとめ

  • 献血(けんけつ)は大事(だいじ)
  • 八幡神社(はちまんじんじゃ)カッコいい
  • 衣類(いるい)の落(お)とし物(もの)は交番(こうばん)へ
  • 冨久(ふく)家(や)おいしい
  • 香(こう)陵(りょう)の径(みち)ステキ
  • マリールウのランチ良(よ)い
  • 西伊豆(にしいず)は日本一(にっぽんいち)の夕日(ゆうひ)
  • 不動産(ふどうさん)の事(こと)ならアットホーム

みなさん、楽(たの)しんで頂(いただ)けただろうか?
この記事(きじ)が皆(みな)さんにとって何(なに)かの足(た)しになることを祈(いの)ってやまない。
そしてもしも天狗(てんぐ)を見(み)たいなら!
やっぱりe-monogatariだよね!

という事(こと)で編集(へんしゅう)部(ぶ)にコビを売(う)ってどうにか次(つぎ)の仕事(しごと)が来(く)る事(こと)を祈(いの)って筆(ふで)を置(お)く。

皆(みな)さままた会(あ)う日(ひ)まで!
会(あ)える時(とき)まで!

この記事を書いた人

遠藤(えんどう) 貴志(たかし)


ロックバンド「GOOFY'S HOLIDAY(ぐーふぃーずほりでい)」のボーカル/ギタリスト。
1994年に結成(けっせい)後(ご)、全国(ぜんこく)のライブハウスを股(また)にかけて活動中(かつどうちゅう)。
「インディー界(かい)一(いち)のツブシのきく男(おとこ)」「バンド界(かい)の激(げき)安(やす)グルメ王(おう)」「元気(げんき)の国(くに)の王子(おうじ)様(さま)」「マスターオブ弾(はじ)きたがり」など様々(さまざま)な異名(いみょう)を持(も)つ。
バンド以外(いがい)にも沼津市(ぬまづし)で「MUSIC&BAR QUARS」を経営(けいえい)したり「Tube Drive Records」という弱小(じゃくしょう)レーベルをやったり謎(なぞ)の企画(きかく)集団(しゅうだん)「L2G PRODUCTS」をやったりとそこそこマルチに活躍(かつやく)、どれもまんべんなく儲(もう)かっていない。
愛(あい)する地元(じもと)と地球(ちきゅう)をよりよくするため出来(でき)る範囲(はんい)で健闘(けんとう)中(ちゅう)。

このウェブサイトの記事は『沼津市民間支援まちづくりファンド事業(助成金)』を活用して制作されています。